pass the buck

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アメリカ人のフランクな会話で、物の値段を話すとき、dollarという単語の代わりにbuckという単語を用いることがある。ことがある、というより、砕けた会話ではむしろbuckを用いることの方が多いかもしれない。
例えば、5ドルなら”five dollars”の代わりに、”five bucks”といった言い方をする。

buckとは、牡鹿のことで、かつて牡鹿の革(buckskin)を、取引の単位として使っていたことから、1ドルのことをbuckと呼ぶようになった……というのが、一番良く知られた説だ。

ところで、buckという単語には他にもいろいろと意味があるのだが、ひとつ変わった意味で用いられる場合がある。それが、今回取り上げる”pass the buck (to someone)”というフレーズで、「責任を(誰かに)転嫁する」という意味になる。
この言い回しは、多少古いものの、割と有名な表現で、大抵の辞書に載っているし、ちょっと気の利いた辞書ならその解説も書いてある。

曰く、”pass the buck”の”the buck”(ちなみに、必ずthe buckの形で用いられる)とは、ポーカーで誰が親なのか(あるいは、次に誰が親になるのか)を示すマーカーのことを表す。これは、昔マーカーとして牡鹿の角(buck-horn)を柄としたナイフが用いられていたことによる。それを他のプレイヤーに渡すということが転じて、「責任を転嫁する」という意味になったのだ云々。

実のところ、英語で調べてみても、大体同じようなことが書いてあるので、ほぼこれが定説となっているようだ。

……なのだが、これにちょっとした意義を唱えてみようというのが今回の主題である。ちなみに、結論としては、上記の解説でも大まかな所は合ってる。なので、すごく細かいところを気にしたい人だけ読んでもらえばいいと思う。

そもそもの疑問は、親、つまりディーラー(カードを配る役)をするのは、そんなに避けたいことだろうか、ということだ。
ポーカーでは、ディーラーはゲーム毎に交代していく仕組みになっている。これは、身も蓋もない言い方をすると、イカサマを抑制するという意味合いもあるわけだ。となれば、むしろ自分がカードを配るほうがよほど安心できるのではないだろうか。(もちろん、お前のディールのせいで負けたんだよとケチを付けられる可能性は否定できないが。)

もうひとつの疑問は、細かい話なのだが、the buckは今のディーラーを表すマーカーなのか、次のディーラーを表すマーカーなのか、といった問題である。“pass the buck etymology”と検索してみると、同じような解説をいくつも読むことができるが、今のディーラーという説と、次のディーラーという説に分かれる。どっちやねん、と。

さて、ポーカーの始まりは、各スート10~Aの20枚のカードのみを使用したものだったようだ。役も今とはずいぶん違う。後に52枚の、ごく一般的なフルデッキを使用したものとなるが、役が(ほぼ)今の形になったのはしばらく後だ。

Henry George Bohn “Hand-Book of Games”(1850)のアメリカ版に、Poker(or Bluff)という項目で紹介されているのが、出版された最古のポーカーのルールと言われている(ちなみに、イギリス版には入っていない)。
そこでスタンダードなポーカーのルールとして紹介されているのは、後にストレートポーカー(Straight Poker)と呼ばれるようになる、もっとも単純な形式のポーカーだ。バリエーションとして、ドローポーカーのルールも収録されている。
ルールは極めて簡素に書かれており、まだ明確な、統一されたルールが無かったことが推測される。そして、その中には”buck”の記述は無い。

すこし時代を下り、 “The American Card-Player”(1866)の中に、ほぼ完成されたストレートポーカーのルールと、ドローポーカーのルールの原型が紹介されている。
そのルールの中には”buck”に関する記載がないのだが、なんと何故か”Decisions on Disputed Points”という項目、つまりは今でいうところのFAQの中に、”buck”の取り扱いに関する質問があった。

A, B, C, and D are playing the game of “poker” ; the “ante” is twenty-five cents ; each player, as he “antes,” passing the “buck” to his left-hand adversary, as usual. Now, 1st. A “antes,” passing the “buck” to B. Has B got the right to “ante” immediately, making the pool fifty cents, and pass “buck” to C, instead of waiting till the next deal ?

私訳:A,B,C,Dがポーカーをしている。anteは25セントで、通常通りanteする際にbuckを左の相手に渡すことになっている。1番手のAがanteを行い、buckをBに渡した。Bは、次のディールを待つことなく、即座にanteを行い、プールを50セントにした上でbuckをCに渡すことができるか?

Dick & Fitzgerald “The American Card-Player”(1866)

これはかなり決定的な文章だ。どうやら”buck”というものは、”ante”すると左隣のプレイヤーに渡すことができるものらしい。何故これがルールのところには全く書かれていないのかは謎だが。

もう少しあとに、同じ出版社から出ている”Modern Pocket Hoyle”(1869)に、ようやく詳細を発見した。ストレートポーカーのルールの所に、次の記述がある。

(略)it is usual for one of the players (at the commencenment of the game, the dealer) to put up a sum equal to an ante from each, thus: if four are playing and the ante is one chip, the dealer puts up four chips, and passes the buck, i.e., a knife or key, to the next player at his left. When the next deal occurs, the player having the buck puts up four chips, and passes the buck to his next neighbor, who in turn does the same, and so it goes as long as the game continues.

私訳:普通は、それぞれのプレイヤーのanteの合計に等しい分を、一人のプレイヤー(ゲームの開始時にはディーラー)がまとめて出す。なので、例えば4人でプレイしていてanteがチップ1枚だとすると、ディーラーがチップ4枚を出し、buck、つまりナイフや鍵を左隣のプレイヤーに渡す。次のディールの際には、buckを持っているプレイヤーが4枚のチップを出してbuckを隣に渡し、渡されたプレイヤーも自分の番には同じようにという風に、ゲームが続いている間ずっと続ける。

Dick & Fitzgerald “Modern Pocket Hoyle” (1869)

つまり、”the buck”とは、親、すなわちディーラーを表すためのものではなく、次に誰がanteを出すのかという印だったのだ。では、このanteとはなんなのか。

anteとは、ラテン語の「~以前に」という意味を語源とする単語で、ゲームが始まる前に支払われる賭け金のことを指していた。つまりは、一種の参加料だ。
(余談:実はMagic: the Gatheringにも、Revised Editionまでは公式ルールにanteと呼ばれるカードを賭ける要素が組み込まれていたりもする)

ストレートポーカーの原型を想像してもらいたい。
1.全員がまず参加料を支払う。
2.カードが配られ、その手札を元に、通常のベッティング(今で言うコールやレイズといった感じのもの)が行われる。ストレートポーカーでは、手札の交換やコミュニティカード、フリップといったややこしい要素は一切無い。
3.ベッティングが終われば手札を公開し、勝敗を決定する。
以上。実にシンプルなギャンブルだ。Poker(or Bluff)と呼ばれるのも納得である。

この当初は全員が支払う参加料であったanteは、ゲームが広まり変化していく過程の中で、ある一人のプレイヤー(ゲーム開始時はディーラー、その後は順に左隣のプレイヤー)のみが代表して払うようになった。
1869年の”Modern Pocket Hoyle”では、前述のようにプレイヤーの数を掛けた合計額を出す、となっているが、時代を下っていくと、ある一定の小額をanteとして出す、といったシンプルな記述になっていく。
これは想像なのだが、全員が強制的に出す形よりも、buckを持っていない時は勝負を降りやすくなるので戦略性が広がる、anteの額を人数に関わらず柔軟に決めやすい、などといった利点があったため、このようなルールが好まれたのだと思う。

ストレートポーカーでは、前回の勝者が次の回のディーラーとなるルールとなっている。一方で、anteを出すプレイヤーは(公平を期すためと思われる)順番に左隣に移っていくルールなので、ディーラーの場所とanteを出さなければならないプレイヤーの場所には関連性が無い。
だから、次に誰がanteを出すのかということを示すマーカーを別に用意する必要があった。これがbuckである。
buckを持っているプレイヤーは、次に必ずanteを出さなければならない。anteを出すときに、buckは次のプレイヤーに渡される。これがpass the buckというわけだ。
anteを出していないプレイヤーは、カードが配られた後で、自分の手が悪ければ賭け金なしに降りることができる。しかし出しているプレイヤーは、少なくともante分は必ず賭けなければならない。これがbuckを持っているプレイヤーの責任ということになる。

“I reckon I can’t call that hand. Ante and pass the buck.”

私訳:その手にはコールできそうもないな。アンティを出してバックを回してくれ。

Mark Twain “Roughing It” (1872)

これは「トム・ソーヤの冒険」で知られるマーク・トゥエインの半自伝的小説「西部放浪記」に出てくる一節だ。ここでは実際にポーカーをやっているわけではなく、会話の中でポーカーになぞらえた言い回しをしているだけだ。
この頃には、まだ「責任を転嫁する」といった意味合いは無い。今回の勝負は降りるから次のゲームを始めてくれ、といった意味なので、会話のニュアンスはなんとなく分かると思う。

ちなみにこの少し後には、

Why, that last lead of yourn is too many for me–that’s the idea. I
can’t neither-trump nor follow suit.

私訳:そりゃ、君が出したカードは私には荷が重すぎる―そういうことさ。切り札も使えないし、スートをフォローすることもできない。

なんて台詞も出てくる。これはポーカーではなく、他のトリックテイキングのカードゲームになぞらえた表現だろう。当時のことだから、Whist(ホイスト)かEcarte(エカルテ)あたりだろうか。
いずれにしても、カードゲームを知らなければ、まるで分からない表現ではあるが、当時としては比較的多くの人に通じた(少なくとも、なんとなく意味は分かった)のだろう。

ちなみに、このanteは後にドローポーカーの中でblind(手札を見ないで賭けるのでこう呼ばれる)というルールに変化し、これが現在カジノで一番行われているポーカー、Texas Hold’emにおけるsmall blind / big blindの元となっている。
ドローポーカーにおいては、ディーラーは常に左隣のプレイヤーに移っていくルールとなっている。また、blindはディーラーの左隣のプレイヤー(つまり、次のディーラーだ)が出すことになっていた。

そういったルールの変化の(そしてストレートポーカーが廃れていく)中で、buckの役割も変化していったのだろう。現在ではディーラーの場所を示すbuttonと呼ばれるマーカーが使用されるようになっている。
伝統的なbuckは、ante(blind)を出すプレイヤー(今のルールでは次のディーラー)を示し、現在一般的に使用されているbuttonは今のディーラーを示す。
そしてこれが、buckの解説における今の親/次の親問題の原因だ。

以上が、buckにまつわる真相というわけだ。

アメリカ合衆国第33代大統領、Harry S. Trumanは、執務室に次のモットーを書いた置物を置いていた。
“The Buck Stops Here!”
ここまで付き合ってくれたみなさんには、この意味がよく分かるのではないだろうか。

ちなみに、置物の裏側には”I’m from Missouri”とあったらしい。直訳すると「私はミズーリ州出身だ」となるが、その意味するところは「私は疑い深い、証拠を見るまでは信用しない人間です」というものだ。ミズーリ州を指してShow-Me Stateなんて呼ぶこともあるらしい。
僕も、今回の記事のようにいろんなことを疑ってものを書いていこうと思う次第である。

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