理由を求める心理

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自分が状況をきちんと認識していると感じる状態に、無意識のうちに人はなりたがってしまう。cognitive easeと呼ばれる現象だ。なにかよくわからない事柄に出会ったときに、心がもやっとするのを感じるだろう。あれがそうだ。

さて、突然ある事柄が目の前で起きたとしよう。cognitive easeの働きにより、とっさに人はその事柄が起きた理由を求めてしまう。なぜその事柄が起きたか分からなければ、状況をきちんと認識しているとはいえないからだ。問題は、その人がそう感じるかどうかが重要なのであって、その理由が本当に正しいかどうかは関係ないという点にある。 “理由を求める心理” の続きを読む

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自分が正常な状態ではないと認めるということ

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ある人が、依存症に陥った人に対して厳しい態度を取る理由をさらに深く考えてみる。

なぜそんなに責めてしまうのか。

もちろん、直接的な被害を被っている人には、怒る理由がある。迷惑を掛けられて、あるいは思いを裏切られて、相手に怒りを向けるのはごく自然なことだ。

しかし、本当にそれだけなのだろうか? “自分が正常な状態ではないと認めるということ” の続きを読む

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人の考え方を変えるのは困難という話

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唐突に話を始めるが、人の考え方を変えるのは非常に困難だ。そしてそれは、実はその時話している理屈が正しいかどうかにはあまり関係ない。どちらかというと、理屈を聞いている側の受け入れ方の問題だったりする。

実例を挙げよう。ビッグバン宇宙論vs定常宇宙論の論争が起きた時、従来の定常宇宙論を唱えていた人たちの多くは、実は最後まで自分たちの考え方を変えなかった。しかも、そのころ、少なくとも、定常宇宙論が誤りであることを示す証拠は山ほどあったにも関わらずだ。そういった人たちが一線を退いていなくなった後に、ようやくビッグバン宇宙論が主流となったのだ。 “人の考え方を変えるのは困難という話” の続きを読む

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依存症の強力さのたとえ話

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このツイートは依存症のいくつかの面を非常に良く表している。すなわち、依存症は学習の一種であるということ。そして、自分の意志では止めることができないということ。

僕自身も、自分が依存症であると理解した時から、何故自分の意志で止めることができないんだろう、そして、どうやればこの状態を脱することができるんだろうと、いろいろと考えてきた結果、たどり着いた考え方がある。今回はその話をしようと思う。 “依存症の強力さのたとえ話” の続きを読む

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依存症カテゴリについての方針

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一つ前のエントリで唐突に始めた依存症カテゴリの語りだけど、これからも色々なことを書いていく予定。そこで、改めてここで方針というか、抱負というか、注意事項というか、そういったものを書こうと思う。 “依存症カテゴリについての方針” の続きを読む

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どうして依存症になった?

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「どうしてそんなんになっちゃったの!」と詰問される。正直に言うと「分からない」ということになる。いや、正確には全く分からないというわけでもない。

依存症に陥るプロセスは、依存対象への曝露のみが注目されがちだが(アルコール依存症なら毎日飲み続けるなど)、実際には他にも多くの要因が関わっている。 “どうして依存症になった?” の続きを読む

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