唐突だが、僕が最近知った、feagueという動詞を紹介しよう。
「馬の尻に生姜を突っ込んで活を入れる」という意味らしい。辞書の第一定義がこれな上に、他の意味(鞭打つ、叩く、駆り立てるなど)はobsoleteとなっているので、現在ではその意味でのみ用いられる、ということだろう。
冗談のようなひどい単語である。
ちなみに、BDSMでのフィギング(figging)という言葉は、このfeagueから派生したもののようだ。なにそれ、どういう意味?という人は(僕もそうだったのだが)、是非Googleでフィギングと検索(やや刺激的な内容なので注意)してみてほしい。人の業の深さを知ることもできる。
さて、一体なんでまたそんな単語をみつけてしまったのか。
しばらく前にサイゼリヤに行ったときのこと。
#つくってMy Mocktailと題した宣伝が置かれているのを見かけたのだ。ドリンクバーでいろんなドリンクを混ぜてみて、自分だけの美味しい組み合わせを作って楽しもう、といった趣旨らしい。
なかなか安上がりな割に洒落た響きの企画である。
もっとも、Mocktailという単語の本義は、「一見カクテルに見えるけど、アルコールが入っていない飲み物」という意味合いだろう。したがって、ドリンクバーでの混ぜ合わせをモクテルと呼んでもいいのかどうかは微妙なところな気もする。
ところで、mocktailがmock(偽物、まがい物)+cocktailなのはいいとして、そもそもカクテル”cocktail”は何故cocktailと呼ばれるのか、といったことに、ふと疑問が湧いたわけである。何故「鶏の尾」なのか。
いろいろと調べてみた結果、分かったのは、どうやらハッキリした語源は分かっていない、ということだった。なるほど、確かに「カクテル 語源」などで検索をしてみて、出てきたサイトを上から順番に見ていくと、いくつかの説はあるらしいものの、どれもこれも胡散臭い話ばかりである。
いくつか紹介してみよう……と思わないでもなかったのだが、面倒なのでやめておく。興味のある方は、すぐ見つかると思うので、実際に検索してみてほしい。
そんな中で見つけたのが、カクテルの歴史を紹介した著書”Imbibe!“で有名な、酒類に造詣の深いアメリカの作家・歴史学者のDavid Wondrichが提唱している、新しい、しかしなかなか説得力のある説だ。
Ancient Mystery Revealed! The Real History (Maybe) of How the Cocktail Got its Name―この記事の内容がそれだ。実のところ、鍵となる文献・使用例が見つかったのは割と近年のことらしい。
ここで出てくるのが、最初に紹介した動詞、feagueなのだ。
以下、ざっくりとした流れを紹介しておく。
馬の尻に生姜を入れる(feague a horse)と、その刺激で、馬は一見生き生きと、尻尾が上がった状態になるらしい。1700年代の終わり頃、イギリスの馬商人たちの間で、この手のやり口が流行っていた。
それに引っ掛ける形で、生姜(あるいは他の刺激のあるスパイス類)のことを、馬の尻尾を持ち上げる効果のあるもの、”cock-tail”と呼んでいた。つまり”cock”は鳥の鶏のことではなく、持ち上げる・引き起こすという意味の動詞の”cock”だったというわけだ。例えば、銃の撃鉄を上げる動作をコッキングというのを、聞いたことのある人もいると思う。
そこから派生して、生姜やスパイス類を使用した、目覚めや気付けの一杯として飲むもののこともcock-tailと呼ぶようになった。これはつまり、飲んだ人のtailをcockするというわけだろう。実は1798年に、飲み物としてcocktailという語が用いられていた用例が存在する。そこでは’cock-tail’ (vulgarly called ginger)とあるのだが、値段からいってアルコール飲料ではなく、生姜を使った何かの安い飲み物だったようだ。
一方で、当時ワインやラム、ジン、ビールといった酒類にスパイスを混ぜて飲むということ自体は、わりと一般的なものだった。
それらの飲料や言葉がアメリカに伝播し、広まっていく途上で、刺激的なものに限らず、酒類になんらかの香料などを混ぜた飲み物全般を”cocktail”と呼ぶようになった……ということらしい。
もっとも、いつどこで、カクテルの創生期から使用されているビターズが、それまでに入れられていた、生姜などのスパイス類と差し替わったのかは、まだ調査研究中とのこと。ただ、当時まだ開発途上だったアメリカの郊外においては、生姜などの生スパイスよりはビターズの方が保存に有利だった、というのは一つの理由だろうと想像される。
僕が、カクテルの語源にまつわる説をいろいろと読む中で、なるほどと思ったのはこの話だけである。素晴らしいことに、それぞれの内容での用例もきちんと見つかっている。
正直言うと、最後にアメリカではイギリスに比べて用法が変化した、というあたりがやや弱い気もするが、コーラ・デ・ガジョがカクテルになったなどといった、なんの根拠もない説に比べれば、はるかに納得できる。
そういうわけで、よくバーでカクテルを飲む皆さんは、何かの機会にでもこの話を披露してみて頂きたい。この話がまだそんなに広まっていない今(2019年9月現在)なら、酒の蘊蓄でバーテンダーを唸らせることが出来るかもしれない。
え?いや、僕はバーとか行くタイプの人間じゃないので……僕の代わりに是非。
ちなみに、カクテルの語源の各説を調べている途中で、それにまつわる一つ面白い話を知ったのだけれども、長くなるので、それは次回に紹介したいと思う。