the last enforcer dropping the gloves – その2

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前回の続き。

“enforcer”が、アイスホッケーにおける「用心棒」の役割のことだとして、今回の話のタイトルの後半にある”drop the gloves”とは何のことだろうか。
実は、”drop the gloves (against someone/thing)”で「戦う」といった意味になる。

似たようなフレーズとして、”throw(lay) down the gauntlet(glove)”というものがある。そのまま訳せば「篭手(手袋)を投げる(置く)」となるが、実のところ「挑戦する」という意味になる。小説や映画などで、貴族が決闘を申し込むときに手袋を投げるシーンを観たことはないだろうか?アレの元である。

ざっくりよく知られた説を言うと、13-14世紀頃より、騎士が帯びる篭手が、その騎士の人柄や名誉といったものの象徴とみなされるようになった。そこから、自らの正当性や名誉を掛けて決闘を申し込む際に、篭手を相手の方に投げ出す習慣が生まれたのだ云々。
まあ、どこまで実際にそんなことが行われていたかはともかくとしても、小説や絵画の中では割と頻繁に描かれており、よく知られた習慣ではあるのだろう。

ちなみに、篭手を投げられた側は、その篭手を拾い上げることで決闘に応じる意思を示すらしい。なにそれ、カッコいい。これを、”pick(take) up the gauntlet(glove)”と言う。もちろん、こちらのフレーズも現在では「挑戦を受けて立つ」という意味で使われる。

ところで、”throw down the gauntlet”の”the gauntlet”に注目してほしい。投げるのは、あくまでも片方である。となると、前回と今回のタイトルにある”drop the gloves”とは、どうやら様子が異なっている。
というわけで、ネタバラシをすると、”drop the gloves”と、”throw down the gauntlet”とは、少し意味は似たところこそあるものの、全く何の関係もない。関係はないが、ちょっと似ているので紹介しただけだったりする。

一体、ここまで引っ張った説明はなんだったのかと。(危険なのでこちらに物を投げないで下さい)

では解答。
“drop the gloves”は、やはりアイスホッケーの、前回少し述べた”fighting”由来の言葉なのだ。

少しおさらいをすると、北米のアイスホッケーにおける乱闘は、実は乱闘であって乱闘でなく、ほとんどの場合は伝統的なルールに基づいた”fighting”である。おさらい終了。

では、fightingのルールとはどのようなものか。箇条書きにすると、ざっくり以下のような感じになる。
まず、1対1で、お互いの同意の上で戦わなくてはならない。スティックを武器にしてはいけない。ヘルメットを脱いではいけない。グローブを外して素手で殴り合わなければならない。審判の指示には従わなければならない。

Voila、手につけているグローブを外して(drop the gloves)、というこれこそが、由来なのだ。アイスホッケーのグローブは、実際のところ防具も兼ねた分厚く硬いもので(グローブというより、プロテクターである)、そのまま殴り合いをすると大怪我につながるため、fightingの前には必ず外さなければならない。

さて、これからが本題である。

NHLの2016年オールスター戦において、あるエンフォーサーがファン投票によって選出された。203cm, 120kgの偉丈夫、John Scottだ。
2009年からのNHLにおけるキャリアにおけるゴール数はわずかに5点。オールスターゲームに出るには明らかに場違いの、生粋のエンフォーサーなのだが、インターネットで(おそらく最初は悪ふざけで)始まった投票運動が妙な盛り上がりを見せ、ファン投票によってダントツの1位となってしまったのだ。

2016年のオールスターでは、対戦方法も普通の人数よりも少ない3 on 3(ゴールキーパーを入れると4人対4人)へと変更され、試合時間も10分2ピリオド(通常は20分3ピリオド)になり、通常の試合よりもスピーディーなものになる予定だった。通常のリーグ戦ならさておき、オールスターゲームは、エンフォーサーの出る幕ではなかった。

John Scottも当初は出場を辞退する方向で考えていた。彼自身、自分がオールスターに出るだけのスキルを持ったプレイヤーだとは考えていなかったし、投票も悪ふざけだと考えていた。しかし一方で、NHLの他のプレイヤーから激励のメッセージも多く受け取っていたらしい。
一方、NHLは、なんとしても彼の出場を止めたかったらしく、当時プレイしていた Arizona CoyotesからMontreal Canadiensへ、さらには下部リーグであるAHLのSt.John’s Icecapsへとトレードされる羽目になる。

さらには、オールスター戦を辞退するよう説得に来たNHL役員が

“Do you think this is something your kids would be proud of?”

あんたの娘が誇れるようなことだと思ってるのかい?


と言ってのけたらしい。この一言こそがトドメだったと、The Player’s Tribune誌への寄稿、A Guy Like Meの中で本人が述べている。腐っても俺はNHLの、北米最高のホッケーリーグの選手に選ばれた一人なんだ。ここまでの仕打ちを受けて黙っている道理はない。そういった気持になったらしい。

そしてJohn Scottはオールスターへと出場を決意する。
Pacificディビジョンの主将(ファン投票1位が務める)として出場した彼は、1回戦(準決勝)のCentral戦でなんと2ゴールを上げ、9-6で勝利。その勢いのままPacificは決勝もAtlanticを1-0で破り、優勝する。
だが、試合後にMVPを決めるファン投票が呼びかけられた時、なんとNHLは候補にJohn Scottを挙げることすらしなかった。

もちろん、試合を観ていた人々は黙っていなかった。Twitterでの投票の呼びかけなどもあり、最終的にMVPに選ばれたのは、John Scottとなった。

一部の悪ふざけで始まった物語は、見事な結末を迎えた……のだが、その後、紆余曲折を経てJohn Scottはそのシーズン限りでホッケーを引退し、今は第二の人生を歩んでいるようだ(ドラマや映画に出演したりしている)。

同じくThe Player’s Tribuneでの記事、Five Goals, Four Kids, One Hell of a Good Timeの中で、MVPを取ったあとの後日談に加えて、エンフォーサーという役割の意味、彼らに対するよくある誤解、そしてその過酷さを語っている。

おそらく、今後のNHLのオールスター戦において、生粋のエンフォーサーが出場する可能性は低い。MVPを取る可能性などまず無いだろう。

しかし、この出来事は、華やかなスター選手たちの影に隠れた、また別の物語があることを、みんなの記憶に刻んだのではないだろうか。

平成~令和にまたがった記事になったが、今回は以上。

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