最初に断っておくと、実は最終的に着地をしたいのは、とあるスポーツの話だったりする。タイトルでピンとくる方もいるかも知れない。
forceという単語には、誰かに何かを強制するという意味がある。
そして、enforceという単語にも、似たような意味がある。
なんて、とりあえず書き出しては見たものの、ご存知のとおり、この2つの単語が意味するところは全然違う。
forceが、force somebody to do somethingという形で使われるのに対して、enforceがenforce something on somebodyという形で使われる。
forceは、文字通り「誰かに」何かを強いる、という意味合いだ。
一方、enforceは、強制という意味でいうならば、何かに強制力を持たせる、という意味になる。”enforce a law”というのが、「法を施行する」という意味になるのは、「法に強制力をもたせる」ということだと考えると、分かりやすい。ちなみに、この用法は16世紀頃に生まれたものらしい。
余談だが、実はenforceという単語は、英語で”en+force”という形からできた単語というわけではなく、ラテン語のinfortiāre~古仏語のenforcierを源流とし、かつてはinforceという形の単語だったという説が有力で、14世紀あたりでは「努力する」「試みる」「(物理的な)力を掛ける」「強化する」といった感じの意味だったらしく、今とは結構違う。おそらくは”outrage“のように、見かけ上の綴り”en+force”に引っ張られ、現在のような使われ方になってきたのではないだろうか。
さて、このenforceをする人、という意味で、enforcerという単語がある。主に「法に強制力を持たせる人」という意味合い、つまり、執行官という意味になる。
enforcerといえば、昔コナミのアーケードゲームで”Lethal Enforcers”という実写取り込みのガンシューティングがあったのを思い出す。そして、リーサルエンフォーサーズといえば、実況おしゃべりパロディウスの高速ステージでパロディになっていたのも思い出す。ロートルなゲーマーには馴染み深い単語……かもしれない。
閑話休題。
おそらくこの「執行官」という意味から派生した用法で、「用心棒」という意味がある。例えばバーの用心棒が、バーのルールを守らせる存在であるように。
そして、この「用心棒」という意味から派生した言葉が、アイスホッケーにおける「エンフォーサー」という役回りである。
アイスホッケー、特にNHLの試合を観たことはあるだろうか?
僕は……正直あまり無い(おいおい)。あまり無いのだが、 プロテクターを着け、ボディチェック(というより激突)が当たり前の競技だけに、そのスピード感と激しさが非常に印象に残っている。
北米・カナダのアイスホッケーリーグにおいて、特筆すべきは、乱闘の多さだろう。
アイスホッケー=乱闘ばかりやってるスポーツ、という印象を持っているのは僕だけでは無いはずだ。
ところが、僕も調べてみて初めて知ったのだが、あれは厳密には日本語で「乱闘」と呼ぶべきではないらしい。何故なら、そこにはれっきとした、暗黙のルールが存在しているからだ。その証拠に、乱闘が起こっても、それが暗黙のルールに従っている”fighting”ならば、審判や他の選手は止めに行かない(ただし、fightingが終わったあとペナルティによる一定時間の退場は与えられる)。
ちなみに、ヨーロッパのリーグや国際試合では、明確にルールで禁止されている(まあ、実際のところ当たり前の話ではある)。fightingは、北米・カナダにおけるローカルな、暗黙の、伝統的ルールというわけだ。
そして、エンフォーサー”enforcer”とは、このfightingの専門家のことを指す。
闇雲に誰かを殴りに行く喧嘩屋というわけではない。ボディチェックの激しいスポーツであるアイスホッケーでは、しばしば反則寸前の厳しい当たりが、特に有力選手に対して行われることがある。そういった、いわば「やんちゃ」を行う選手に対する抑止力として、enforcerが存在している。
つまり、文字通りのenforcer-「用心棒」というわけだ。
興味が出た方は、『乱闘をする理由』- ブランドン・プラストを読んでみてほしい。
ただ、このエンフォーサーという役割は、少なくとも上位リーグにおいては、どんどんいなくなっているらしい。脳に障害を負ったり、自殺をしたりするケースなども多い、過酷な役割ということもあって、リーグ全体としては、リスク管理の観点からも、無くせるものなら無くしたいといったところだろう。
またそもそも、fighting自体も抑制される方向に向かっている。実際、80年台後半には1試合につき1回はfightingが起こっていたのに対して、2010年台後半には1試合当たり0.25回程度となっている。
そうなると、チームとしても、エンフォーサーを雇う資金を別に回したほうがいいに決まっている。平和な街に用心棒は必要ないし、ぶっちゃけ、エンフォーサーは、氷上で誰かを殴るのは上手くても、ホッケーのプレイ自体はあまり上手くないプレイヤーが多いからだ。
その一方で、fightingこそアイスホッケーの伝統だ!というファンもいるわけで、それをあてこんだ客寄せのために、地方のリーグではむしろfightingが激しくなっていたりする例もあるらしい。難しい問題ではある。
しかし、トップリーグのNHLが舵を切っている以上、現在も議論が活発に行われてはいるが、大きな流れとしては、無くなりつつある伝統と言える。
つまり、今いるエンフォーサー達は、”last enforcers”と呼べる存在なのかもしれない……ようやくタイトルに繋がった。
今回は、一旦ここで筆を置く。続きは次回で。