僕はそんなに音楽を聞く方ではないのだが、一番好きなアーティストは誰かと訊かれれば、大体いつも”The Manhattan Transfer”と答えることにしている。1969年に結成され、これまでにグラミー賞を10回は受賞している、素晴らしいジャズ・ボーカルグループだ。
もっと絞って、一番好きな作詞家・作曲家はと訊かれればどうだろうか。その時は、たぶん、(村下孝蔵も捨てがたいが)Jim Steinmanと答えると思う。
Jim Steinmanといっても、ピンと来ないかもしれない。しかし、かつての名作ドラマ「スクール・ウォーズ」のオープニング曲、「ヒーロー」(麻倉未稀)の元の曲を書いた人だといえば、分かる人も多いだろう。あるいは、「ヤヌスの鏡」のオープニング曲、「今夜はエンジェル」(椎名恵)とか。
実はヒーロー(原題:Holding Out For A Hero)、今夜はエンジェル(原題:Tonight Is What It Means To Be Young)のどちらも映画の曲として作られたもので、それぞれ”Footloose”と”Street of Fire”の劇中曲として使用されている。”Footloose”では若い頃から妙にゴージャスな雰囲気を醸し出すサラ・ジェシカ・パーカーが、”Street of Fire”では若い頃から悪人面のウィレム・デフォーが観られるぞ。
閑話休題。
そのJim Steinmanが全曲を作詞・作曲・プロデュースしたアルバムが、Meat Loafの”Bat Out of Hell”(邦題:地獄のロック・ライダー)だ。全編がスタインマン節全開の壮大なロック・オペラという、贅沢極まりないアルバムとなっている。
そして、その中で僕が一番好きな曲は、“Two Out Of Three Ain’t Bad”(リンク先はYouTubeのMeat Loaf公式チャンネルPV)というタイトルのバラードだ。
“Two out of three ain’t bad”というフレーズ自体は、Meat Loafの歌以前からよく使われていたもののようで、直訳すると、3つの内の2つなら悪くはない、となるだろうか。
ain’tとなっているので勘違いする人もいるかもしれないので一応書いておくと、正確な構造としてはTwo (out of three) aren’t badではなく、”Two out of three” isn’t badという構造である。砕けた訳を書くなら、3点満点の2点なら悪くないんじゃない?といった感じのニュアンスとなる。
この歌の歌詞は実にいいものなのだけど、きちんと訳そうとしたとき、いくつか難しいポイントがあるようだ(ネット上で見つけることのできる訳でも、そこの部分の訳で苦労しているものが多い)。
ひとつめは、”I poured it on and I poured it out”というフレーズ。
ここをきちんと訳すためには、pour it onという部分とpour it outという部分の意味を、きちんと拾い上げる必要がある。どちらもpour(注ぐ)という動詞が共通しているため、日本語でも似たような意味で訳しがちだが、助詞が違うだけで意外と違う意味に変わってしまう。
pour on (something)とは、自分の努力・熱意を注ぎ込む、という意味。
pour out (something)とは、自分の中に持っているものを吐き出す、吐露するという意味。
つまり、このフレーズは、前後の文脈も踏まえると、「俺はさんざん頑張って気持ちをうちあけてきた」といった意味となる。
ふたつめは、”there ain’t no Coupe de Ville hiding at the bottom of a Cracker Jack Box”というフレーズ。これは非常に訳しにくい。直訳してもいいのだが、固有名詞が入るため意味が通りにくくなってしまう。
まず、Coupe de Villeとは、単純に翻訳するなら、運転席がオープンで(de Ville)後部は二人がけの客室になっている(Coupe)タイプの車、ということになる。つまり高級なヴィンテージカーといった意味合いとなる。
……のだが、問題がひとつある。アメリカでCoupe de Villeと言ったとき、まず思い浮かべるのはCadillac Coupe de Villeシリーズのことのようなのだ。例えば、”Coupe de Ville”というタイトルの映画があるのだが、54年式キャディラックが出てくる。意味合いとしては高級車、ということで違いはないのだが、この歌の歌詞では、本来の意味のCoupe de Villeではなく、キャディラックを思い浮かべるほうが正しいと思われる。
次に、Cracker Jack。これはアメリカのおまけ付きスナック菓子の名前だ。かの「ティファニーで朝食を」(1961)の中にこのCracker Jackのおまけの指輪に名前を彫ってもらうシーンがある。しかも、ティファニーの店員が「まだおまけを付けてるんですか」と感心していたりもするのだから、相当歴史があるようだ(Wikipediaによると、1912年からおまけを付けていたらしい)。日本で例えるなら、おまけ付きグリコのようなものだろうか(こちらは1927年からおまけをつけていたらしい)。つまり、Cracker Jack Boxというのは、お菓子のおまけ程度の、大した価値の無いものが入っているもの、という意味合いになる。
まとめると、「おまけ付き菓子の箱の底からキャディラックが出てきたりはしないだろ」といった感じの意味合いだろうか。どう訳すかは、非常に難しい。
他はそんなに難しい部分は無いので、曲が気に入った人は是非歌詞もきちんと読んでみてほしい。切ないバラードだ。歌も実にいい。失礼ながら、これを歌ってるのがあの見た目のMeat Loafだというギャップがまたいい。ギャップといえば、村下孝蔵にもそんなところが……。
というわけで、今回の記事ではMeat Loafと村下孝蔵はいい歌手だ、ということだけ覚えておいてくれればよしとする。