勝手

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starboard, portについて調べた時、そういえば日本語にも面舵と取舵という表現があるなと思った。この語源は比較的はっきりとしている。

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進行方向を子(ね)とした場合、右方向は卯(う)、左方向は(とり)となる。卯の舵(うのかじ)と酉舵(とりかじ)という言い方が、現在の面舵と取舵になったというわけだ。

他にも右と左を表すのに、右や左ではなく別の言葉を使った例がないだろうかと考えた時、最初に思いついた言葉が弓手(ゆんで)と馬手(めて)だ。馬上で弓を弾く人のことを想像すると分かりやすい。弓を左手に持ち、馬の手綱を右手に持つことになる。つまり、弓手とは左手、馬手とは右手のことだ。平家物語でも用いられている由緒正しい日本語で、現在でも弓道ではこの呼称が用いられている。実に美しい言葉だと思う。

ところで、弓道では左手と右手のことを弓手・馬手と呼ぶ場合と、押手(おして・おしで)・引手(ひきて・ひきで)と呼ぶ場合がある。これは分かりやすい。弓本体を押すのが左手で、弦を引くのが右手だからだ。
また別の呼び方に、押手・勝手(かって)というものもある。右手が箙(矢筒)から矢を取り出すことを、「矢を苅(か)る」と呼ぶところから、苅手(かって)となり、後に勝手と変化したらしい。

さて、自由にふるまうことを「勝手」と呼ぶことは、この右手を表す「勝手」からきているとする説が有力らしい。左手が弓でふさがっている一方、右手は自由に動かすことができることから、この用法ができたというのだ。
また、勝手という言葉には、台所という意味もある。これはかつて女性が自由にふるまえたのは台所だけだったからという説もある。

つまり、弓道の用語が、勝手という言葉の複数の意味の語源だということになるのだが……それだけではないのではないか、というのが今回の本題だ。

まずそもそも、台所と勝手とは、別の部屋のことなのだ。地方の方言や部屋の呼び方で、ダイドコと呼ばれる部屋とカッテと呼ばれる部屋が別にある場合があるのがその名残だ。

ダイドコ、つまり台所の語源は比較的はっきりしており、台盤所、つまり台盤(食器や食物をのせる台)を置く部屋、というのが語源とされている。ようするに配膳を行う部屋、という意味だ。
だが、問題はカッテの方だ。面白いことに、民俗学での有力な説は、糧(カリテ)がなまってカッテとなったというものらしい。要するに、食料・調理に関わる部屋だというのだ。現在の糧の訓読み、カテと同じ流れでもある。

この二つの部屋は同じように食べ物を扱う部屋ということで、後に用法が混同されていく。台所と勝手は、部屋としては同じ部屋のことを指すようになるわけだ。そして、食べ物と家計とは直結しているので、そこに家計・経済的な意味が付加されていく。今でも通用する言い方としては「台所事情」などといったりもするし、江戸時代に「勝手方」といえば財務関係の役どころだ。

経済的な意味合いに加えて、さらに一般的な「やり方」といった意味、例えば「勝手がわからない」「勝手知ったる」などといった用法が生まれたのは、その後だろう。「自由にふるまう」といった意味は、この延長線上にあるのであって、弓道の勝手から来ているだけではないのではないか。

「手前勝手」という表現を考えてもらいたい。この手前とは自分のこと、つまり字義通りに取れば、自分の台所という意味だ。ここに上記の意味合いが付加されていけば、自分の台所事情で、自分のやり方で、といった意味になる。

そして、「勝手」という意味には自由にふるまうという意味合いに加えて、自分の都合がいいようにふるまうといった要素が多く含まれている点からしても、この流れのほうが自然なのではないだろうか。

もっとも、「得手勝手」などという表現もあるので、はっきりしないものが残ったりもする。真実は、案外弓道説と糧(カリテ)説が入り交じったところにあったりするのかもしれない。これ以上は年代別の用例の分布などをきちんと調べないと分からないだろう。が、これが非常に厄介そうで、そこまでの情熱はない。

というわけで、勝手で悪いのだけど、今回の話はもやっとしたままここで終了。

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