無限に広がる大宇宙……なロマンを感じる単語。それがstarboard。
というのは言い過ぎにしても、最初にstarboard(右舷)とport(左舷)という言葉を聞いた時、どこかカッコよさを感じたのは、海の言葉であると同時に、単語にstarが含まれているからだろう。
単語の由来も想像しやすい。portが左舷を表すのは、おそらく港につけるのが左舷だからだ。反対がstarboardなのは、海が広がっている、つまり星を見て航海する側だからだろう……みたいに。僕はそう思っていたクチだ。
しかしながら、残念なことに、starboardは星とは何の関係もない。
starboardは、古英語steorbordから来ている。steor(steer)+bord(side)という成り立ちの単語で(steorはさらに古ノルド語にさかのぼるらしいが)、文字通り訳すと、舵のある側という意味だ。
これを理解するためには、昔の船の作りについて理解する必要がある。
もっとも基本的な操船の道具といえば、櫂だ。例えば小さなカヌーなどなら、櫂が1~2本あれば自在に操ることができるだろう。後に船が大きくなり、櫂の本数が増えたり、あるいは船に帆を張ったりして進むようになる。そうすると、帆や櫂の漕ぎ方だけで、船の進路を細かく調整するのは難しい。そこで、船の進路を調整するため専用の大きな櫂を、船の後方に設置するようになった。これを舵櫂(steering oar)という。
船の中央には、船首から船尾にかけて竜骨(keel)と呼ばれる構造体が通っている。そのため舵櫂は真ん中に据えることが難しく、船の後方側面に固定されるようになったと考えられている(らしいのだが、実は中国圏では比較的早い段階から舵櫂を竜骨の端、中央部に固定するようになっていたりするので、技術的な制約というよりは、操作とか様式とか、好みの問題だったのかもしれない)。
また、多くの人が右利きであることから、操作しやすいように舵櫂は右側に固定されることが多かった。そんなわけで、右舷が、舵のある側、steorbordと呼ばれるようになったのだ。
さて、当初steorbordに対して、左舷のことはbæcbordと呼んでいた。back+side、つまり操船手が背中を向けている方という意味だったという説が有力で、フランス、ドイツ、オランダあたりでは、現在でもこれに近い呼び方をしているようだ。
さて、bæcbordの側はそのうち呼び名が変わっていった。舵櫂が右舷についているため、その破損を恐れて港につけるのは左舷となった。必然的に荷物の積み下ろしは左舷側で行われるようになったことから、laddebord(load+side)と呼ばれ、後にそれがなまってlarboardという具合だ。
そして、右舷のことをstarboard、左舷のことをlarboardと呼ぶようになった……のだが、ここで一つ問題が生じた。そう、starboardとlarboard、非常に発音が似ていたのだ。そのせいで、右舷と左舷を取り違える事故が多くなってしまった。
そこで、1844年、イギリス海軍が麾下の船に対し、今後はlarboardではなくportと呼ぶようにと命令を出した。また、アメリカ海軍でも1846年同様の命令が出る。かくして、現在のようなstarboard/portという呼び方になったのだ。ちなみに当時の文書を見ると、混乱を避けるためか、いちいち”larboard or port”と書かれていたりして、少し面白い。
starboardとport。
その呼び名に隠れていたのはロマンではなく、リアリズムだったというわけ。