My Fair Ladyというミュージカルをご存じの方は多いだろう。オードリー・ヘップバーン主演で映画にもなっているので、テレビなどで観たことがあるという方も多いと思う。
あのミュージカルの中で、一番好きな曲はなんだろうか?と訊かれると、多くの人は「踊り明かそう(I could have danced all night)」と答えるだろうか。おそらくMy Fair Ladyの中で一番有名な曲でもある。
ちょっとひねった人は、イライザ(ヒロイン)の親父が歌う「運がよけりゃ!(With A Little Bit Of Luck!)」とか答えるかもしれない。
僕が断然好きなのは「君住む街角で(On the street where you live)」だ。もちろん曲も歌詞も素晴らしいのだが、何が一番いいって、その情熱を朗々と歌い上げる男が、結局空回りで、最後には振られるというのが素晴らしくいい。
「オペラ座の怪人」では、ファントムの方に感情移入しすぎるあまり、ラストの「彼女を連れて行け!私のことは忘れろ」のシーンで滂沱の涙を流してしまう僕なのだが、「My Fair Lady」では結末が逆なので実に溜飲が下がる。
イケメン死すべし、慈悲はない。
ちなみに僕と同じ心持ちの人は、オペラ座の怪人の続編「ラヴ・ネヴァー・ダイズ」も観てみると良い。ラウルの落ちぶれっぷりがたまらなく良い。アンドリュー・ロイド・ウェバーだってファントムの方に共感してるわけだ。
……今の話、実は歌そのものとはあまり関係なくない……?
それはさておき、On the street where you liveの歌い出しはこうだ。
I have often walked down this street before
But the pavement always stayed beneath my feet before
All at once am I several stories high
Knowing I’m on the street where you live
試訳:
この街を何度も歩いたことがあるけど
いつも足の下にはちゃんと歩道があった
突然僕は何階分も上に浮かんでしまう
君が住む街にいることを知って
直訳に近い形で訳してみた。今回の本題は、3行目にあるstoriesについてだ。
多分中学生の頃だったと思うのだが、初めてこの歌詞を見た時、混乱したのを覚えている。storyという単語が「物語」以外の意味を持っていることを知らなかったからだ。あとで辞書を引いて分かったのだが、皆さんお分かりの通り、この歌詞におけるstory(storey)とは、建物の階層という意味なのだ。
floorという単語が単純に建物の床を指すのに対して、storyは床から天井までの階層全体のことを指す。裏を返すと、床はあるが天井がない屋上は、storyには数えない。そんなわけで、例えば5階建ての建物ならa five-story buildingとかa building of five storiesとなるわけだ。
ところで、この建物の階層という意味でのstoryという単語の語源なのだが、2つの有力な説がある。一つは古仏語estoree(建物)、さらに遡るとラテン語のinstaurare(構築する、立てる)から来ているとの説。こちらはいかにもそれっぽい感じで面白味は無い。ところが、もう一つの説が実に魅力的なのだ。
ヨーロッパ中世後期、何階建てもの大きな建物を建てる時、窓に絵や彫刻で飾り付けをすることが流行っていたらしい。その際、一つの階層に並んでいる窓が、一つの物語を表すような作りにしていたというのだ。
例えば一階あたり8枚の窓があるとする。一階にある8枚の窓はある話を表し、二階にある8枚の窓はまた別の話を表している、といった感じだ。一つの階層で、一つの物語(story)。それが転じて、1300年代頃から一つの階層そのものをstoryと呼ぶようになったというのだ。
なんと無茶ぶりなと思うかもしれないが、古い文献などを紐解くと、その中間の表現や変遷などもあったりして、かなり有力な説らしい。
実は他にもstairやstageと同じ語源などといった説もあったりするのだが、この「元は物語から来ている」説を聞くと、その圧倒的な魅力の前に、他の説はどうでもよくなってきてしまう。
やはり人は物語が好きなのだ。