御先祖様万々歳!

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一昔前に比べると、アニメの監督の名前も世間で知られるようになってきたなあ、と思う。

劇場アニメを中心に考えてみよう。
宮崎駿と高畑勲は別格としても庵野秀明、細田守、そして新海誠あたりなら、知っている人も多いだろう。湯浅政明の名前も聞いたことがある人は多いかもしれない。

僕が個人的に一番好きな監督は誰かと問われたら、非常に難しいのだけども、押井守の名を挙げることが多いと思う(その時の気分によって変わるので、いつもではない)。

押井守という名前を聞いて警戒レベルを上げた人は、それなりにアニメに詳しい方だろう。非常に癖がある、作家性の強い監督だ。

世間で知られる代表作としては、士郎正宗の攻殻機動隊をアニメ映画にした「ゴースト・イン・ザ・シェル」「イノセンス」、漫画・OVA・映画のメディアミックスで展開された「機動警察パトレイバー」「パトレイバー2」、近年では森博嗣の小説を原作とした「スカイ・クロラ」あたりだろうか。

押井守の映画には、押井節とでも言うべき、はっきりとした独自の演出傾向がある。
人を煙に巻く難解な長台詞、古典からの引用、リアリスティックなカメラ、ダレ場、といったものがそれだ。問題は、そういった押井節が強くなれば強くなるほど、一般受けしづらい作品になっていく点にある。

そんな作品の中で、万人におすすめできる作品があるとすれば、それは「機動警察パトレイバー the Movie」だ。ゆうきまさみによるコミックやOVAの雰囲気を忠実に受け継いでいる作品で、エンタメに振り切った痛快娯楽作となっている。実際、押井守の映画が嫌いという人でさえ、この作品は好きという人が多い。
一方、続編の「パトレイバー2」は、これはもう押井守の映画としか言いようのない作品であり、万人にはオススメしづらい。そもそもパトレイバーがほとんど活躍しない。

ところがである。面白いことに、映画として言及されることが多いのは、「パトレイバー2」の方だったりするのだ。やはり、押井節には人を引きつける何かがあるのだろう。

そんな押井節の、極北とでもいうべき映画が「立喰師列伝」だ。
四半世紀に渡って押井守が温め続けていた架空の職業「立喰師」。そのドキュメンタリー風映画という体裁なのだが、とにかく全編に渡って、長ったらしい会話・ナレーション・モノローグが、数々の現実と虚構のうんちくを交えて延々と語られる。ただそれだけの映画と言って過言ではない。
僕自身はきちんと劇場まで観に行ったのだが、途中で何人か出ていくのを目撃したほどである。宜なるかな。僕も山寺宏一が延々と〇〇○ランドについて語る観覧車のシーンでは寝落ちしそうになった(いや、あるいは寝落ちしていたのかもしれないが、起きてもまだ同じシーンだったので、特に問題はなかったと思われる)。

ちなみに、この「立喰師列伝」ではスーパー・ライヴメーション(あるいは、オシメーション)なる手法が使われている。その元になったのは、パトレイバーのパロディ短編映画「ミニパト」で使用されたCGパタパタアニメなのだが、実はかなりアニメ業界に影響を与えているのではないかと思っている。

さて、そんな敬愛すべき押井守の作品の中で、僕が一番好きなのが「御先祖様万々歳!」だ。やっと今回のタイトルにたどり着いた。

「御先祖様万々歳!」は、これまで語ってきた劇場用の作品ではなく、全6話のOVAシリーズだ。実はこれを再編集した「MAROKO 麿子」という劇場作があるのだが、こちらはオススメしない。

Wikipediaによると、発売されたのが1989年の8月~1990年の1月にかけて。先に紹介した「機動警察パトレイバー the Movie」の公開が1989年7月とあるから、ほぼ同じ時期の作品だ。実際、制作スケジュールも被っていたようだ。個人的な見立てなのだが、「パトレイバー」でかなり厳しく手綱を締められていた押井守が、溜まった鬱憤をぶつけていたのがこの作品なのではないかと思っている。

この作品の最大の特徴は、「御先祖様万々歳!」という劇を演じている様子をアニメとして作っているかのような演出にある。本編の大半は場面転換が無く、しばしば劇の舞台を正面から映したようなカメラレイアウトで、役者は観客の側を向いて長いセリフを喋ったりする。舞台劇っぽい照明効果が使われ、観客の歓声や拍手なども再現される。メタフィクションであることを前面に押し出している作品というわけだ。

シナリオは、ある日突然主人公の孫を名乗る美少女(麿子)がタイムトラベルして家にやってくる……という、今で言うところの典型的な落ちもの系の話から始まる。
だが、展開は一筋縄では行かない。麿子を受け入れた結果として家族は崩壊、一家離散してしまうのだが、最初に出ていく決意をする母親は、後に興信所を雇い麿子の身辺調査を依頼。その結果、実は麿子はタイムトラベラーなどではなく、詐欺師なのではないかという疑惑が提示される……。

と、文字に起こしてみると、なんじゃこりゃ、といったシナリオである。舞台劇っぽい演出も合わせ考えてみると、現実と虚構がメタフィクション的舞台の上で踊り狂っていると評すべきか。

根底に流れるテーマは「家族」(あるいは「血筋と家族」)ということになるのだろうが、家族なんてものは虚構の関係に過ぎないのではないだろうか、という転がし方をするあたりが押井守的である。いや、さらに敢えて言えば、シナリオにとどまらず、脚本、演出、全てにおいて、「立喰師列伝」並に押井守色の強い作品である。
にもかかわらず、ここが一番重要なのだが、エンターテイメントとしてわりと普通に楽しめる作品なのだ。おそらく、劇場作ではなく一話30分のOVAフォーマットで制作されたのが大きく影響しているのではないだろうか。また、(最終話を除く)毎話アバンタイトルに鳥の生態に関する小話が挿入されるのも、永井一郎の講話風のナレーションと相まって、いいアクセントになっている。

ここまで監督・原作・脚本の押井守の話を中心に進めてきたが、この作品の面白みは、それだけではない。
作画監督のうつのみやさとるを筆頭として、実に豪華なスタッフによる、シンプルなデザインながらも緻密に計算された芝居の作画を見ることができる。ライティングと影、人物の何気ない動きに注目しながら楽しんで欲しい。

また、音楽も素晴らしい。もちろん、押井守監督作品の常連でもある川井憲次が作曲・編曲を行っている(時々無駄に格好いい曲がかかる)のだが、シンガーソングライターの児島由美を作詞に加え、4~6話ではミュージカル仕立ての歌まで作られる凝りようである。これがまたいい。
5話のデュエット曲「興信所は愛を信じない」を押す人が多いが、個人的に一番好きなのは6話の「立ち食いの唄」だ。古川登志夫の哀愁を帯びた歌い方が実によい。

さて、この「御先祖様万々歳!」最大の欠点は、とにかく観る機会がないという点だ。一応amazonに在庫はあることもあるのだが、プレミア価格になってしまっていることが多い。まぁ、そんなに数が出てないので元々高いというのもある。また、レンタルビデオ屋で見かけることもほとんどない。その為、アニメファンならば必ず観て欲しいとか、なかなか気軽に言うことができない作品になってしまっている(2018年8月現在)。

ただ、それでも、なにかの機会に観ることができるのなら、ぜひ観てほしい。クセはあるが、他のアニメでは味わえないものを、確かに持っている。そういう作品だ。

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