A disworship of Scots

Share

お、前回Black Lives Matterとか取り上げたくせに、今回はのっけから差別発言の連発かよ……と気分を悪くされる方がいるかもしれないが、次から挙げていく一連の表現が何を表しているのか、ちょっと考えてみてもらいたい。

an unhappiness of husbands
an impatience of wives
a peck of Frenchmen
an exaggeration of fishermen
an annoyance of neighbours
a disworship of Scots

なんというか、「上手いこと言ってやったぜ」感のある、偏見に満ち溢れたこれらのフレーズは、実はある共通の表現だ。

時は1486年。
イギリス、セント・オールバンズにある聖オルバンズ大聖堂付属の印刷所から、一冊の書物が出版された。原題は”Boke of Seynt Albans”(以下BoSAと省略する)。BokeはBookの古語、SeyntはSaintの古語なので、そのままセント・オールバンズの書、あるいは聖オルバンズの書と訳すことができるだろうか。
グーテンベルク聖書に始まるヨーロッパにおける活版印刷の歴史上、最初期のものをインキュナブラ(Incunabula)と呼ぶのだが、その一冊であるとともに、実は英国史上初の多色刷りによるカラー本でもある(特に紋章の紹介の部分には全部で5色使用されている)らしい。
現存する完全な状態の1486年版はわずかに3冊。典型的な稀覯本である。

当初は、おそらく上位貴族向けとして、大判で少部数製作されていたこの本は、その内容の良さからか、初版の後100年以上の長きに渡り、何度も内容の改定を伴いつつ再版され、最終的には中流階級も含めた(歴史用語としての)ジェントルマン向けの教科書的な存在となっていく。例えば、Gervase Markhamによって編集された1595年版は、そのものズバリ”The Gentleman’s Academic”と改題されていたりもする。

では、その「ジェントルマンの教養」には何が書いてあったのだろうか。
初版に収録されていたものは、大きく3つに分けられている。すなわち、”Hawking”(鷹狩り)、”Hunting”(狩猟)、”Heraldry”(紋章学)の3つのHである。後の版では、これに魚釣りや狩猟笛の吹き方などが入ったり、紋章学が削除されたりしている(元々魚釣りは鷹狩りや狩猟に比べて下に見られていたことなどを踏まえると、マーケティング対象の変化が見て取れなくもない)。

これらの章立てのうち、少なくともHuntingの章についてはJuliana Bernersという女性の名がクレジットされている。研究者の間でも、本全体の著者がこのBerners女史だったかどうかは議論の分かれるところのようだ。

さて、その”Hunting”の章に、次のような項がある。

The Compaynys of Beestys and Fowlys
An Herde of Hertis
An herde of all man dere
An Herde of Swannys

a Route of wolvess
A Lepe of Lebardis

これは何かというと、動物の数え方を一覧にしたものなのだ。

日本語に多彩な助数詞があるように(ウサギを羽、イカを杯、タンスを棹……etc.)、実は英語にも多彩な数の表現法があり、それを集合名詞(collective nouns、もしくはnouns of assemblage)と呼ぶ。

現在でもよく使われる例としては、a pack of wolves / a swarm of bees / a school of fish / a pride of lions / a murder of crows あたりが有名だろうか。これらは全て~の群れと訳される。

興味のある方は、集合名詞collective nounsnouns of assemblageあたりの用語で検索をしてみて欲しい。実に様々な表現が、一般的なものから面白いものまで存在している。

というわけで、もうお気づきだろうが、この記事の最初に紹介したものは、実は全てこの「集合名詞」だというのが、答えだ。

BoSA中のa Noonpatiens of wyves(an impatience of wives)

BoSAでも、動物の集合名詞だけではなく、上記のように、人や職業に関するものなどちょっとした面白系の集合名詞が紹介されている。
実のところ、この本のせいで15世紀~に集合名詞ブームみたいなものが起こったらしい。現在生き残っている集合名詞の多くは、多くがこの本を元にしたもの、もしくは続いて起こったブームの中で生み出されたもの、ということのようだ。

と、ここまでが世間で知られる豆知識なのだが、いつも前置きが長いこのブログの記事らしく、実はここからが本題である。
というか、本当はここで終わる予定だったのだが、調べていくうちに、本題にせざるを得なくなってしまった。事はスコットランドの名誉に関わる。

今回記事のタイトルにも置いた、問題の表現”a disworship of Scots”。これもBoSAに収録された由緒正しい(?)集合名詞とされている。

BoSA中のa Disworship of Scottis

disworshipという表現が珍しい。(敬意を払わない)スコットランド人の群れ、とかそんな感じの意味であろうが、まあ、ひどい表現である。ショーン・コネリーをdisってんのかと。disworshipだけに。

ところが。

実はこの表現、元々はScottisではなかった、という話がある。つまり、もはや真相は分からないのだが、誤植であるか、もしくは当時の英国とスコットランドの情勢を反映してわざと改変して載せたか、どちらかだというのだ。

それは、そもそもBoSAに収録されているこれらの表現は、どこから出てきたのかという話とも繋がる。

BoSAが出版された1486年を遡ること十数年、英国において最初に活版印刷を行ったことで知られるのが、William Caxtonだ。あるいはデザイナーの方ならば、その名を冠するカクストン体という名前のフォントを聞いたことがあるだろう。
そのCaxtonが1470年代半ばに出版したもの(つまり、英国史上最古に近い活版印刷物だ)の中に、Collective Nounsのリストが含まれているものがあるのだ。そして、実はその多くが、BoSAのリストと共通している。

かといって、Caxtonがオリジナルというわけでもない。実はさらにさかのぼり、活版印刷以前の手稿資料の中に、似たようなリストが確認されている。(The Egerton Manuscriptなど)

つまり、こういうわけだ。
かつて上流貴族の教育のために使用される、集合名詞のリストが存在していた。貴族ともなれば、そういったややこしい言葉の使い方が、一種の教養として用いられていたのもうなずける話である。
英国における活版印刷が始まったとき、当初はどちらかというと貴族向けの印刷物が製作されることが多かった影響もあってか、そのリストが編集され、掲載されることがあった。分量的にも多くて数ページであり、分量の調節もしやすく、全体のページ数を合わせるのに丁度良かった、という事情もあったのかもしれない(現代の単行本のあとがきのようなものである)。
BoSAにも採用されたこのリストは、BoSAを読む人が、上流貴族から中流貴族、あるいはその下流へと大衆化していく中、こんな面白い表現があったのかと目をつけられ、巷の教養人の間でブームを巻き起こした……とまあ、ここは僕の想像にとどまる訳だが。

で、肝心の話に戻ると、なんとその大本のリストに載っているのは”a disworship of Scottis”ではなく、”a dysworschype of stottys”、あるいは”a disworship of stottes”なのだという。

stotとは、現在で言うbullock、つまり鋤を引かせるための、去勢された牛のことだ。
英国の一部地域に伝わる、1月の伝統的な催し”Plough Monday”において、男たちが鋤を引きつつ家々をまわって寄付を集めていたことに由来する表現なのではないか、とする説明がある。鋤を引く男たちをstotsに見立て、相手が貴族だろうがなんだろうが構わず寄付を取り立てた=disworshipということらしい。

この表現が、BoSAにおいて、ワザとなのかミスなのか、”a disworship of Scottis”というものになってしまった……というのが真相のようなのだ。

そういうわけで、もし何かの拍子にこの話題が出たときには、みなさんも僕と一緒にスコットランド人の名誉を守るべく、ここで紹介した説を教えてあげてほしい。

a peck of Frenchmenについては……まぁいいや。

今回は、以上。

参考:
“The Boke of Saint Albans” (reprint, with an Introduction by William Blades, 1905)
“An attempt at a rational explanation of the meanings of the Collection of Phrases in ” The Book of St. Albans,” 1486, entitled ” The Compaynys of beestys and fowlys,” and similar lists. (John Hodgkin, Philological Society (Great Britain) 1907-1910)

Share

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です