CMYKのKは “key plate” のK?そもそも key plate って何?―その2

Share

前回の続き。

ヨーロッパにおける図版の多色印刷の歴史そのものは古く、例えば、すでに15世紀には、ドイツにおいて複数の木版を組み合わせたものが製作されたりしたらしい。しかし、一つ一つの色は職人が手で付ける必要があったし、過程も複雑で、現代の印刷とはあまり繋がっていない。手間がかかる割には大した数が作れない、小ロットの特別工芸品、といった感じのものだったようだ。

ようやく今につながる多色印刷が芽吹き始めるのは18世紀に入ってからで、英国においてElisha Kirkallによる、金属の凹版による下絵の上に、木版(凸版)で色を載せるといった手法のものが現れる。
金属凹版は、精密な筆致を再現できるが製作に手間がかかる。木版は製作が簡単だが、それほど精密なものをつくれない。この2つを組み合わせることによって、美しく見せたい細部は凹版の緻密さを活かしつつ、そこまで細かくない色付けは木版で手間を減らすという、いいとこ取りを狙った、当時としては画期的な手法であった(もっとも、細かく色付けをしたい場所については、最終的に手で描きこんでいたようだ)。

そして、このKirkallの手法を下敷きとして、商業用に耐える、一貫した大量生産の作業工程を、同じく英国で開発したのがGeorge Baxterだ。
1835年、Baxterは”Improvements in Producing Coloured Steel Plate, Copper Plate and other Impressions”というタイトルで特許を取得し、後にBaxter printsと呼ばれる美しいカラー印刷で、以降30年に渡って英国の、そしてヨーロッパのカラー印刷業を牽引する。

例えば、日本における錦絵の代表作、北斎の富嶽三十六景が製作されたのが1820~1830年前後ということを考えると、かなり近い時期の話だ。実のところ、製作工程もかなり似ている。
錦絵の製作工程については、くもん子ども浮世絵ミュージアムの「浮世絵ができるまで」が分かりやすいが、流れとして、錦絵の主版(おもはん)にあたるものを、Baxter法では”key plate”と呼ぶ。

“key plate”を使用する利点は、金属凹版の利点を最大限活かす、その細やかな表現力にある。そのため、微細な輪郭を描写するにとどまらず、アクアチントなどの色の濃淡を表現する技法も使用された。
Baxter printsでは、その技巧を凝らした”key plate”を用いて(主に黒単色で)印刷を行い、そこに色版を重ね刷ることで、それまでに無い鮮やかな陰影を再現することができた。これは、全てを木版で製作する錦絵には無い特徴でもある。

実際のBaxter printsは、
E.J. Pratt Library Exhibition – Colour Prints by George Baxter
Cameron Collection of George Baxter Prints
などで、インターネット上でも見ることができる。
絵画と見紛うばかりの出来に、感嘆するはずだ。

そして、ここからがある意味本題なのだが、このBaxter法における”key plate”こそが、おそらく”key plate”という言葉の起源だと思われる。

実は、”key plate”という言葉を調べると、このBaxterの”key plate”以外に、もっと一般的な意味合いで、版画の色版を作成するための元の版(要するに主版そのもの、あるいは色版を作成する前に当たりをつけるために中間製作される版)という使用例が見つかる。
つまり、もともと版画の用語として”key plate”という言葉があり、それを元にBaxter法の主版がそのように呼ばれるようになった可能性もある。
しかし、以下の理由から、おそらくはそうではなく、Baxter法が広まっていく中で生まれてきた言葉、あるいは、もしかしたらBaxterによる造語だったのではないかと、僕は考える。

1.まず、そもそも1830年以前の文書に、”key plate”という言葉自体が(多色印刷の用語としては)見つからないこと。
2.金属版ではplateという言葉が使われるが、より単純な木製凸版は一般的にwoodblock, woodcutという単語が当てられ、plateとはほぼ呼ばれないこと。当然木製の主版もあっただろうから、一般的な単語として”key plate”が使われる可能性は低い。
3.木版画・錦絵での主版(おもはん)にあたるものを呼ぶなら、keyという単語よりは、おそらくmaster, originalといった単語のほうが自然。おそらく、このkeyという言葉は文字通り印刷物の「重要な要素」という意味。「これが勝利の鍵だ!」(CV:小林清志)の鍵(キー)である。
4.辞書の定義が、完全にBaxter法における”key plate”の役割と一致している。Merriam-Websterによる”key plate”の定義(ここでは4番を参照)。

以上の点から、おそらくはBaxter法こそが”key plate”という言葉の元であって、その後、Baxter法そのものが広まっていくにつれて、それに倣って「主版」全般を、全て”key plate”と呼ぶようになったのではないか、というのが僕の推測である。

さて、このBaxter氏、職人としての腕は良かったようなのだが経営者としてはイマイチだったらしく、コストに見合わない完璧な仕事にこだわった結果、最終的には破産してしまったらしい。
しかし、特許を購入した他の人々により、(コストをきちんと計算した)Baxter法による美麗なカラー印刷は、商売としても、芸術としてもどんどん広まっていった。
さらには、Baxter法に影響を受けた様々な手法が編み出され、ヨーロッパの多色印刷の世界を塗り替えていく。これが、1800年代後半のことだ。

しかし、1900年も近づいた頃、そこに強力なライバルが出現する。
それこそが、halftoneを用いた3色印刷法だ。光学を利用して対象の色分解を行い、CMYのみを用いて微細な点描によって全ての色を表現するこの手法は、あっという間に印刷の世界を、Baxter法のさらに上から塗り替えていく。イラストのみならず写真までもオリジナルに忠実に、しかもコストを抑えて大量に製作できるのだ。そりゃあ、特別な工芸品としてならともかく、時間と量が物を言う大量印刷の世界では、Baxter法のようなやり方に勝ち目はない。

ところが、halftoneの3色印刷法にも弱点があった。ここで前回の記事に繋がるわけだが、halftoneは、微細な点を印刷して色を表現するというその仕組み上、実はきちんとした印刷が難しい。細部の輪郭がぼやけたり、きちんとした黒が表現できない=コントラストが弱くなるなどといった欠点を抱えている。

そこで、印刷技術者たちは、3色印刷法の弱点を克服すべく、どのような方策を取ったか?
その名も”key plate”と呼ばれる4色目、黒の印刷を重ねることで、細部を緻密に描写し、美しい陰影を画に与えることに成功したのだ。

この手法は、明らかに、以前に美麗な色彩で知られていた印刷術、Baxter法を参考にしたに違いないと、僕は考える。

そして、これこそが、現在も用いられているCMY+Kによる4色印刷が誕生した瞬間だと言える。以降も、key plateは印刷物を調整する際のもっとも重要な版として存在し続けている。つまり、現在に至るCMY+Kの印刷法の中には、商業カラー印刷の父、George Baxterの魂が、今でも息づいている。

さて、ここからは本題に戻りつつ、少し駆け足で現代の話をする。
印刷、という言葉を日常会話で使うとき、今ではコンピューター用プリンター(以下プリンター)による印刷を指すことがほとんどだろう。実はプリンターがフルカラーで印刷できるようになったのは、1990年代に入る前後の話で、割と最近のことである。

そして、どうやらCMYKという用語が生まれ、定着していったのはこの時期のようだ。それまでは、四色印刷(four-colour process printing)といったそのままな用語が使用されている。前回記事でちらっと触れたように、例えば、四色印刷が誕生して間もない1930年代では、そもそもCyan, Magenta, Yellowという三色の用語すら一般に使われていなかった、あるいは統一されていなかった節がある。

もっというなら、1980年代半ばと時期的にも符合する、DTP関連の用語として誕生したのではないだろうか。Pagemakerといった製品だとか、当時出始めているカラーマネージメント理論・特許あたりが怪しい気もするのだが、残念ながらそこまでは調べていない。CMYKという略語そのものの誕生時期についてご存知の情報があれば、是非お知らせいただきたい。

さて、プリンターによるフルカラー印刷は、版こそ使用しないものの、印刷業界における一般的なフルカラー印刷、すなわちCMY+Kによる4色印刷をモデルとして作られたのは、間違いのないところだろう。
ところが、少し考えてみてほしいのだが、プリンターを作っている(あるいは作っていた)メーカー、例えばCANONやEPSON、Hewlett-Packardなどは、伝統的な版を用いた印刷業界とは、基本的には無縁の会社ばかりだ。
そのためだろうか、CMYKは、元々はこれまでの話のようにCMY+Keyであったはずが、単純にCyan, Magenta, Yellow, Blackの4つの色を指す用語であると、そのように受け取ってしまい、かつそれを正しい解釈であると判断したようなのだ。

「blackなのになんでBじゃなくてKなの?」「さぁ……たぶんBlueと間違えやすいからじゃない?」「あ、そっか」
なんという自然な発想だろうか。僕の推測だが、こんな感じで、なし崩し的に黒のことを指す文字であると決まっていったのでは無いだろうか。

実際、歴史が古い上に多少は印刷業界とも関わりがあったはずのXeroxですら、1987年の社内文書の用語集において、CMYKとはcyan, magenta, yellow, blackの4色のこと、としか記載していない。

結果、現在CMYKのKは、少なくともコンピューター業界においては、黒を指す以外の意味合いを全く持っていない。
従って、「CMYKのKって何?」と訊かれたとき、「blackのKだよ」と答えるのは、なんの誤りでもない。だってみんなそう言ってるんだもの。

しかし、この記事を読んだ皆さんは、少しだけ立ち止まってほしい。
「CMYKのK?今は黒って意味で使うことが多いね。blackのKって解釈する人が多いみたい。……でも、実はその由来には面白い話があってね……聞きたい?え、聞きたくない?あ、そう……」
そして、1800年代前半に商業カラー印刷の基礎を築いた男、George Baxterに、少しだけ思いを馳せてみて欲しいのだ。

以下、本文中に出したものも含め、参考文献など
The Encyclopaedia Britannica, 14th edition(1932)
Inland Printer, Volume XIX(1897)
印刷博物館「網点の話」
The Atlas of Analytical Signatures of Photographic Processes – HALFTONE (The Getty Conservation Institute, 2013)
Baxter colour prints; their history and methods of production, and other interesting matter relating to operators of processes akin to his methods, together with Baxter & LeBlond auction records for 1917-18 (H. George Clark, 1919)

(2021/9/18追記:)ネット上で一時的にkey plateについて盛り上がっているのを見かけたため、CMYKという言葉自体の誕生時期に関する文章を本文中に追加するとともに、根拠はないが、いくらか残るギャップを埋めるために、key plateの変遷(と、現在人々が感じる違和感)について考えてみた。

それは、key plateの重要性の低下である。1970年代までは、文字通り版の調整・修正は手工で行っていたため、多大な労力を要した。それゆえに、特に日々大量に印刷物を作成するような業界において、細部の調整についてはkey plateで行うこととし、その重要性は非常に高かった。実際、key plateさえきちんと調整されていれば、他の色版が多少荒くても、それなりの見栄えになるからだ。もちろん、逆にkey plateで失敗して悲惨な出来になる例もあっただろう。

しかし、1990年前後にDTPが誕生し、コンピュータ上で修正を行えるようになった結果、従来に比較すると、他の色版にも手を入れるのが容易になった。従来とは違う、key plateにとどまらない細やかな調整を行うことが可能になった結果、key plateの重要性は相対的に低下してきたわけだ。

逆にいうと、key plateという用語を考える際には、その時代背景が大きく影響するのではないだろうか。半世紀以上前には、現在よりもずっとkeyとなるものだったはずなのだ。しかし、現在はそうでもない。いまいちピンとこないのも、うなずける話ではある。

大きく分けると、key plateには3つの意味(の変遷)が存在する。

1835年~の、Baxter法に端緒を発する多色刷りの技法における、技工を凝らして作成される単色の版。この版は最終的に出来上がる画の元絵となるもので、輪郭や陰影・グラデーションなどの情報を含んでおり、単体で見ても鑑賞に耐えうるものだった。このkey plateを最初に刷り、その上に色刷りが乗せられていった。

次に、1900年初頭~の、当時優勢になりつつあったCMYの三色の版を用いて作成されるフルカラー印刷における欠点をカバーするために、最後に刷られる黒・灰色の単色の版。CMYの三色のみのハーフトーンで印刷すると、黒がきちんと出しづらく、輪郭がぼやけてしまう。そこに上からkey plateを刷ることで、コントラストのしっかりした、引き締まった画を印刷することができるようになった。

最後が、1980年半ば~の、DTPの勃興とそのカラーマネージメントにおけるCMYKのKである。このKが、直接key plateのKであるかどうかは疑義が残る(当然RGBも話に組み込まれただろうから、Bがかぶるのを警戒してKにした可能性も高い)が、CMYKという仕組み自体は、通常の印刷技術を参考にしたのは確かであろうから、key plateの子孫と呼ぶのは誤りではないだろう。ここでは、もはや黒色の版という意味合いしか残っていない。CMYKという言葉自体の出自を探るには、また別の調査が必要になりそうではある。

ただ、key plateの正体に迫るという当初の目的は、それなりに果たした内容の記事にはなっているかと思うので、そのあたりは調べきれていないということで、ご了承いただきたい。

後日、もしかしたら「~そもそもCMYKって言葉はどこからきたの?」というタイトルで、記事を書く日も来るかも知れない。来ないかも知れない。

Share

「CMYKのKは “key plate” のK?そもそも key plate って何?―その2」への2件のフィードバック

  1. ずっと Kってなんだろう?って思っていたのです。大変参考になりました!m(__)m
    私のポッドキャスト snowsunのフォトスクランブル で紹介させていただく事は可能でしょうか?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です