ハームリダクション

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中島らも、という作家がいる。ご存じの方も多いと思う。
作家といっても、いわゆる小説家というだけではなく、放送作家でもあり、劇作家でもあり、ミュージシャンでもあり、コピーライターでもあった。いろいろな才能を持った人だったのだろう。

また同時に、アルコール依存、それに大麻などの薬物依存に陥っていた人でもある。死んだのは2004年のことで、飲み屋の階段から転落し、そのまま帰らぬ人となった。

さて、その中島らもが、自らのアルコール依存と、それに伴う入院生活を下敷きにして書いた小説が「今夜、すべてのバーで」だ。その中に、こんなセリフがある。

“依存”ってのはね、つまりは人間そのもののことでもあるんだ。何かに依存していない人間がいるとしたら、それは死者だけですよ。

 

実際、依存症というものについて多少なりとも学んでみると、世の中には、「依存症」とは呼ばれないものの、実に様々な「依存」が満ち溢れていることに気付く。では、それらの中から、病気としての「依存症」は、どのように分けられるのだろうか?

その答えは、実は割と簡単である。
その依存によって、明確かつ大きな害が発生するなら、それは「依存症」と呼ばれることになる。

アルコール依存にせよ、薬物依存にせよ、ギャンブル依存にせよ、本人の健康や経済状態、あるいは家族への被害が重大なものとなるケースが多い。したがって、これらは依存症だとされる。

これが、TVに対する依存、仕事に対する依存、あるいは阪神タイガースに対する依存だったらどうだろうか?
おそらくそこまで重大な害は出ないだろう。あるいは、重大な害があるケースが多少あったとしても、社会問題にまではならない、つまり、社会全体に対する害はそれほど大きくならない。従って、これらは依存症とは見なされない。少なくとも今のところは。

以上の話は、もちろん、医学的に厳密な診断基準というわけではない。しかしながら、依存症にまつわる問題を解決しようとするとき、もう一つの視点を与えてくれる。

すなわち、仮に依存そのものを止めることが出来なくても、それによって生じるであろう害を、十分に減じることができればいいのではないか、という考え方だ。

これを、ハームリダクションと呼ぶ。

なんとなく騙されたような気になる話ではある。しかし、実のところ、例えばニコチン依存症の分野においては、結果的にこのハームリダクションこそが重要視されていると言っていい。

分煙や電子タバコといったものを考えてみると分かる。どれも、タバコを吸う、あるいはニコチンを摂取するという依存を認めたうえで、健康上の被害を抑えるための施策となっている。

また、ハームリダクションの施策を取ることによって、依存症患者を社会的に受け入れやすくし、孤立を避けることができ、実態を見えやすくするというのも利点の一つだ。

例えば、違法ドラッグについて考えてみよう。違法ドラッグ依存の人たちは、依存症患者であると同時に、犯罪者でもある。なにせ”違法”ドラッグの使用名なのだから。犯罪者である以上、表だっては行動しにくい、孤立しやすい状況下にあるわけだ。

それを、違法ドラッグに手を染めていること自体を問題視せず(最終的には合法化を行い)、実態をとらえやすくする。そして、単純な公衆衛生上の問題と考え直すことにより、問題の深刻化を防ごうというわけだ。

また、依存症患者が社会的に受け入れられる(あるいは、彼ら自身が受け入れられていると感じる)ことは、依存症そのものの治療にとっても、プラスの効果がある。

実際に、例えば、オランダでは軽微なドラッグ所持・使用については犯罪に問われない(正確には起訴猶予となる)。また、アメリカにおけるドラッグコートなども、ドラッグそのものを合法化こそしないものの、治療を受けることによって罪を問わないこととする、いわば折衷したやり方といえるだろう。

そして、ギャンブル依存に関しても、同じような考え方ができるのではないだろうか。

例えば、パチンコ・スロットでいうならば、1パチ5スロといった低レートでの営業は、依存症への入り口を広げる可能性があると示唆されているが、ハームリダクション的な視点からは、そう悪くないようにも見える。つまり、ギャンブル依存の主な問題を、家計を破綻させる娯楽へののめり込みであると考えた場合、破綻しない程度の負けに抑えて娯楽を行うことができるのならば、それでいいのではないか、という考え方だ。

もちろん、薬物にせよ、ギャンブルにせよ、そんなに簡単に解決する類の問題ではない。依存症を精神障害、あるいは学習障害の一種ととらえ、医学的なアプローチを行うのも重要なのは間違いない。

しかし、実際のところ社会的にどのようなやり方がいいのか、現在はまだ定説もなく、いわばデータ収集の段階だともいえる。そんな中、様々な考え方があることは、知っておくべきだろうと思う。

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